2022年に公開された、妻夫木聡×安藤サクラ×窪田正孝出演の映画
「ある男」
死んだ夫が名前も経歴も全然違う人だったという、もし現実にあったら恐ろしい話でした。
ラストシーンは台詞が切られていることから、その先は何を言ったのかと世間では話題に。
ある男の正体を謎とくミステリーかというとそうでもなく、ヒューマン系の要素の方が強かったと個人的には思います。
観終わった後にいろいろな感情がわいてきて、考えさせられた作品。
ラストはなんと言ったのか、そしてこの作品から伝わってきたことなどを考察していきます。
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「ある男」あらすじ
愛したはずの夫は、全くの別人でしたーーーーー
里枝(安藤サクラ)は離婚を経て、4歳の息子をつれ故郷に戻っていた。
そこで物静かで優しい「大祐」(窪田正孝)と出会い再婚。
里枝と「大祐」の間にも子供が生まれ、4人で幸せな日々を過ごす。
再婚して3年半、「大祐」は不慮の事故で亡くなってしまう。
「大祐」の葬儀に訪れた、絶縁中の大祐の実の兄である恭一(眞島秀和)。
恭一は「大祐」の遺影を見て、「これ、大祐じゃないです」と衝撃のひと言を告げる。
混乱した里枝は、弁護士の城戸(妻夫木聡)に「大祐」の身元調査の相談をする。
3年半一緒に暮らし愛した夫は、「大祐」ではない別人だったのだ。
徐々に真実に近づくにつれて、真相を追いかける城戸の心も大きく揺れていく。
経歴を偽っていた「大祐」はいったい誰だったのか。
なぜ別人として生きていたのか。
謎の真相が明かされたとき、里枝と城戸の心に生まれたものとはーーーー
「ある男」予告編
「ある男」考察・感想(注:ネタバレあり)
観終わってエンドロールが流れたとき、私は思わず「えっ」とつぶやいてしまいました。
エンドロール中にいろいろ考えさせられた感じ。
あの台詞はどういうつもりで言ったのか。
もしかしてあれはこの布石だったのか。
などなど。
掘り下げてみようと思います。
※ネタバレありなので、まだ観てない方は観てから読むことをおすすめします。
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妻の浮気
まず、ちょっと軽い布石から。
城戸の妻の浮気について。
ラストの方で、城戸は妻の浮気が確定するようなメールを見てしまいます。
城戸が「X」の素性を夢中で追いかけている間に、妻は浮気をしていたんですね。
物語の中盤で妻が
「この前の宮崎って本当に出張?」
と城戸の浮気を疑った場面がありました。
同時に
「私は(子供が)もう1人ほしいもん」
と言っています。
この時点で妻は、最近夫婦生活がないことに不満を持っていると推測できます。
「城戸が浮気しているから、私たちの夫婦生活がないのかもしれない。」
そう妻が思っているような台詞の流れです。
城戸は城戸で、自分が在日三世ということにコンプレックスを抱いていることから、もう1人子供をもつことに前向きではないと感じます。
このすれ違いの布石が、ラストの妻の浮気に繋がっているのではないでしょうか。
後ろ向きの男性の絵
物語の冒頭そしてラストシーンに、後ろ向きの男性が描かれた絵が映し出されます。
その絵画はルネ・マグリットの「不許複製」。
最も観客が注目している冒頭と最後に出てくるということは、この映画を象徴している絵画だと受け取れます。
鏡に映っているのに、こちらに向いていないなんとも不思議な絵。
作品自体は、「疎外感」を表現した絵画だといいます。
まさに、在日だということへのコンプレックス、城戸の心の奥に潜む世間からの疎外感を表しているのかもしれません。
ラストシーンの真相は?
ラストシーンは台詞が途中で切られるという、観客に先をゆだねる終わり方でした。
城戸はバーで初対面の客に嘘の経歴を語ります。
まず子供のことについて「4歳…、と13歳。」と咄嗟に付け足したような間(ま)がありました。
城戸には4歳の息子しかいません。
4歳と13歳の息子がいるのは、谷口大祐だと語っていた「X」です。
この咄嗟に嘘をついたような間(ま)から、城戸はこのバーで初めて経歴の嘘をついたと推測できます。
それから流ちょうに谷口大祐の経歴を自分の経歴として話し始める城戸。
妻の浮気が発覚し、城戸は大事な妻への信頼もなくした。
そしてそんな出来事からいっそう自己肯定感が低くなってしまったのでしょう。
自分の在日というルーツから逃れたいと現実逃避しているように感じられます。
話していると本当に自分が谷口大祐になったようで、今までの自分から解放されたような感覚になったのではないでしょうか。
名刺交換を提案された後、城戸はバーに飾られているルネ・マグリットの「不許複製」を見つめます。
まるで城戸が絵画の3人目の男性になったように映し出されます。
絵画に描かれた男性と、城戸の後ろ姿が本当にそっくり。
きっと制作側がわざとそっくりにな髪型にしているんだろうなと感じます。
このとき城戸は3人目の谷口大祐になったように感じたのでしょう。
最後の「僕は…」という台詞を言った城戸の表情はすっきりと明るく、ある意味開き直ったようにも感じました。
ここで途切れた画面はエンドロールへと繋がります。
きっと城戸は「谷口大祐」と名乗ったに違いありません。
ただ、このあと「谷口大祐」として生きていくのかというと、そうではないと思います。
城戸が少しの時間でも自分ではない他人になりきることで、心の重荷から解放された事を体感したことがポイントなのです。
殺人犯の息子が戸籍を交換し違う自分になりきって生きた感覚を、城戸は短時間ですが身をもって体感したのです。
殺人犯の息子という特殊な出自ではなくとも、誰しもが他の人になり代わりたいと願っているということも示唆しているのではないでしょうか。
工事中のシーンの意味
この作品には2回ほど、途中で工事のシーンが入れられています。
石川監督も工事のシーンに少し触れているインタビューがありました。
「映画の演出として、いかにこれが城戸の話なのかを観客に知らせる必要がある。(中略)城戸の家の近くで工事がおこなわれているとか、細かい描写の積み重ねもそういう意図によるものです。」
引用:文春オンライン 石川監督インタビュー
石川監督が、工事のシーンは城戸に結びつけたものだと語っています。
私は、工事のガタガタといううるさい音は城戸の頭の中だと感じました。
1度目の工事のシーンは、城戸が裁判で勝ち遺族にも感謝されたあとの帰路でのシーンです。
裁判に勝って遺族にも感謝されているのにも関わらず、浮かない表情で工事の現場をちらっと見ます。
これは、いくら人に感謝されても、自分の出自が常に心の奥にあることで素直に喜べない城戸の感情を表しているのかもしれません。
常に城戸は心に影を持って人生を過ごしているのです。
頭の中は複雑で、ガタガタと騒音が鳴り響いていると読み取れます。
2度目の工事のシーンは、小見浦に刑務所で会ったあとのシーンです。
城戸は小見浦に在日の話を差別たっぷりにされ、ずいぶん気分を害したでしょう。
その後の工事のシーンは、城戸の動揺やざわざわとした感情を表しているのではと感じました。
この映画から伝わること
意識していなくても、人は他人を差別したりレッテルを貼って見ていることがある。
そして誰しも、消し去りたい過去や、誰かとなり代りたいという願望がある。
ただ、今目の前にいる人をレッテルや経歴を通して見る必要があるのか。
そんなことを伝えたいのではないでしょうか。
ふだん生活していて、誰かを差別をしているつもりは全くない。
でも、自分も無意識にレッテルを貼って人を見ているかもしれない。
偏見って程度はどうあれきっと誰しも持っているものかもしれません。
「あの人ってああいう人」
「ああいうことしてた人ってきっと…」
人は他人に知らず知らずにレッテルを貼っているのではないでしょうか。
それを再確認させられたようにも感じました。
その偏見によって、誰かの苦しみを生んでいるのかもしれないということも突きつけられた気がします。
きっと誰でも偏見を持って見られるのは嫌なはずです。
いろんな自分がいるから。
人は「こういう人」と決めつけられるほど、単純なものではないですよね。
それに、周りからの情報や経歴でなく、自分が実際その人と接してその人にもつ感情が大事なのではないかと思うのです。
偏見を持たず、今自分が相手に感じているものが大切なのではないでしょうか。
いろいろ真実がわかったあとの里枝の台詞。
「こうやってわかってみるとですけど、本当のことを知る必要はなかったのかもしれないって思えてきました」
この台詞が全てを表しているようで、とても印象に残りました。
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「ある男」作品概要
原作は、2018年9月に刊行された小説「ある男」。
第70回読売文学賞を受賞している。
映画は、報知映画賞で作品賞。
日本アカデミー賞では最優秀作品賞を受賞している。
「ある男」キャスト
城戸章良 | 妻夫木聡 |
谷口里枝 | 安藤サクラ |
谷口大祐(X) | 窪田正孝 |
谷口大祐(本物) | 仲野太賀 |
悠人 | 坂元愛登 |
美涼 | 清野菜名 |
小見浦 | 柄本明 |
「ある男」スタッフ
監督・編集 | 石川慶 |
脚本 | 向井康介 |
撮影 | 近藤龍人 |
音楽 | Cicada |
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