2023年6月に公開された是枝裕和監督の映画
「怪物」
「怪物だ~れだ」の予告編CMがとても印象的でした。
見ていてどんどん引き込まれていった作品です。
怪物って結局なんだったのか。
そして、ラスト2人はどうなってしまったのか。
詳しく考察していきたいと思います。
「怪物」あらすじ
大きな湖のある郊外の町。
息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、そして無邪気な子供たち。
それは、よくある子供同士のケンカに見えた。
しかし、彼らの食い違う主張は次第に社会やメディアを巻き込み、大事になっていく。
そしてある嵐の朝、子供たちは忽然と姿を消した──。引用:「怪物」公式HP
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「怪物」考察・感想(ネタバレあり)
2度3度見ないと、しっかりと理解できないような、そんな作品でした。
というのも、この作品は3人の視点から3章の構成になっていて、同じ時系列を3回見ることになるのです。
それぞれの視点を見ることによって、同じ人物に対して全く違う印象になる。
片側からの見方だけでその人物をわかった気になるのは怖いことだと思い知らされました。
※ここからはネタバレを含みますので、まだ見ていない方は見てから読むことをおすすめします!
怪物はだれ?
作品名が「怪物」というだけあって、誰が怪物なのかと自然と頭の隅に置きながら見てしまいました。
監督の策にまんまと引っかかったんだと思います。
はじめ私が疑ったのは依里(より)。
もちろん保利(ほり)も、早織目線のときは怪物のようなひどい教師に見えましたが、結局子供が怪物の設定なんでしょと思ってしまった私です。
ちょっと湊さえも疑っていた時間があります。
依里や湊が、純粋な見た目や雰囲気なのに大人を騙すモンスターなのではとか思ったりして。
ところが、まったく完全なるひどい勘違いでした。
そう、冷静に考えたら是枝監督が怪物らしい怪物を描くだろうか。
怪物探しがまず間違っていたんです。
怪物探しをしてしまった私もまた、怪物なのかもしれない。
偏見や、思い込み、自分だけの価値観で人・ものを見ているそれこそがこの作品の軸となっているのです。
「怪物」はサイコパスでもなんでもなく、だれしも心の中に持った偏見や思い込み、価値観なのです。
その悪気のない偏見や思い込みや価値観が怪物ということなのではないでしょうか。
一人一人、登場人物のその価値観を見てみます。
早織 | 湊には結婚をして幸せな家族を築いて欲しい。 →湊の幸せのため。湊を思うが故。 |
保利 | 男の子は男らしく、強くあればこそ。 →子供を励ましたい。いい教育をしたい。 |
校長 | 学校の問題はマニュアル通りに冷静に対処。 →学校を守りたい。 |
依里の父親 | 男が男を好きになるのは矯正するべき。 体裁が大事。 →依里のため。学歴年収至上主義。 |
早織と保利の価値観は、湊を追いつめます。
保利と依里の父親の価値観は、依里を追いつめます。
校長の価値観は、早織と保利を追いつめます。
このそれぞれの価値観が、すれ違いや誤解を生み、人を傷つけ、事件を大きくしていくのです。
依里の父親は、価値観が大きく偏っているのは歴然ですが。
保利にいたっては、悪気なく「男らしく」と子供を励ますために声をかけ続けてしまっていただけ。
子供のために何かしたいという気持ちがある、一見いい先生なのです。
でも結局「男らしく」という価値観が大きな原因で、依里は保利を信頼できず、いじめの相談もしなかった。
湊は、いっそう自分が普通じゃないと考えてしまった。
あげく保利は新聞にひどい教師のように書かれ辞職し、自殺するところまで追い込まれたことになります。
男らしくと言った「だけ」と書いてしまいましたが、これも偏った価値観なんですよね。
一定の人にとっては「男らしくと言っただけ」ではない。
「男らしく」という言葉が誰かを深く傷つけ、誰かを否定してしまうこともあるのです。
早織も、結婚して幸せな家庭を築いて欲しいと言っていた「だけ」。
湊にとっては、母親のその価値観はとても重く、いっそう相談なんてできなくなってしまったわけです。
早織の息子を思う気持ちや行動はすごく理解できるものだったので、それが湊を追いつめていったと思うと本当に心が苦しくなってしまいました。
きっと早織だったら、湊の本当の気持ちを聞いても理解しようとしてくれるだろうと思うと、もどかしかったです。
ラスト2人はどうなった?
ラスト、2人はどうなったのかとネットなどで騒がれました。
2人は死んでしまったんだろうと言う意見が目立っていたように思います。
私も1回めを観終わったとき、2人は死んでしまったんだと思いました。
というのも、以前あった遠くへ続く線路の鉄格子がなくなっていたからです。
そして2人は線路の方へ向かって、笑いながら楽しそうに走って行きます。
線路の先は死後の世界?と思ったのです。
でも、何か釈然としなくて、それじゃ悲しすぎるとモヤモヤしてました。
だって、2人が死んでしまったという結末なら、この世界に救いはないという話になってしまいます。
校長先生の「誰にでも手に入るものを幸せという」という台詞も意味がなくなってしまう。
誰にでも手に入るなら、2人にも手に入っていいはず。
だから思ったのです。
死んでないという結末にも解釈できる!と。
2人の会話からも死んでないという予測ができるのです。
嵐の夜が明けた後、湊と依里はこんな会話をします。
「生まれ変わったのかな」
「そういうのはないと思うよ。もとのままだよ。」
生まれ変わったのではないとハッキリ言っています。
だから、あの空が晴れていて、緑の美しい風景で駆け回っている図は、2人の希望の未来への象徴なのではと思ったのです。
2人の気持ちが前を向き、鉄格子も取れ、ありのままで先へ進んでいこうという表現だと感じました。
まさに2人の世界がビッグクランチし、生まれ変わったのです。
そう思っていたら、坂元祐二さんと是枝裕和監督のインタビュー記事を見つけました。
坂元「あくまでもいちスタッフの意見として僕が言いたいのは、一択です。彼らはこのまま生きていくとしか思えない。完成した映画を観た時にも、彼らが別の世界に行ったとは僕は受け取らなかったんです。」
是枝「脚本の段階で共通認識として、彼らが自分たちの生を肯定して終わろうというのがありました。(中略)それにあのシーンで、坂本龍一さんの『Aqua』という音楽を使わせていただいています。僕はこの映画は“火”で始まって“水”で終わる映画だと思っていて、この曲はなにかを寿いでいる。彼らがもう一度生き始めることを祝福して終わるのだと感じていました。」
引用:MOVIE WALKER PRESS インタビュー(2023年6月)
お2人は、子供たちが生きているつもりで撮っていたとおっしゃっていました。
「もう一度生き始めることを祝福する」と書いてある記事を読んで、とても気持ちが明るくなりました。
よかった、2人は生きていた。
子供が自分の存在を否定してしまうのは本当に悲しいことです。
そんな世の中は変えていかなくてはいけない。
そう思うと同時に、自分も悪気なく誰かを否定してしまっているかもしれないと思うと本当に怖くなりました。
ただ、そういう意識を1人1人が持っているだけでも、少しずつ世界を変えられるのかなとも思います。
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「怪物」作品概要
「万引き家族」の是枝裕和監督と、「花束みたいな恋をした」の脚本を手がけた坂元裕二氏がタッグを組んだ作品。
音楽は、2023年3月に亡くなった坂本龍一氏。
第76回カンヌ国際映画祭では、脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した。
キャスト
麦野早織 | 安藤サクラ |
保利道敏 | 永山瑛太 |
麦野湊 | 黒川想矢 |
星川依里 | 柊木陽太 |
星川清高 | 中村獅童 |
伏見真木子 | 田中裕子 |
鈴村広奈 | 高畑充希 |
スタッフ
監督 | 是枝裕和 |
脚本 | 坂元裕二 |
音楽 | 坂本龍一 |
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