2024年6月に公開された河合優実主演の映画
「あんのこと」
本当に令和の今起こっていることなの?と疑ってしまうような衝撃的な内容でした。
PG12指定にもされたこの映画。
目を背けてはいけない現実がそこにありました。
この映画は実話なのか?
映画と実際の事件との違いは?
母親が杏を「ママ」と呼んでいたのはなぜ?
など、気になる部分を考察してみました。
「あんのこと」あらすじ
21歳の主人公・杏は、幼い頃から母親に暴力を振るわれ、十代半ばから売春を強いられて、過酷な人生を送ってきた。ある日、覚醒剤使用容疑で取り調べを受けた彼女は、多々羅という変わった刑事と出会う。
大人を信用したことのない杏だが、なんの見返りも求めず就職を支援し、ありのままを受け入れてくれる多々羅に、次第に心を開いていく。
週刊誌記者の桐野は、「多々羅が薬物更生者の自助グループを私物化し、参加者の女性に関係を強いている」というリークを得て、慎重に取材を進めていた。ちょうどその頃、新型コロナウイルスが出現。杏がやっと手にした居場所や人とのつながりは、あっという間に失われてしまう。行く手を閉ざされ、孤立して苦しむ杏。そんなある朝、身を寄せていたシェルターの隣人から思いがけない頼みごとをされる──。引用:「あんのこと」公式HP
※以下からネタバレありなので、映画を見てからの閲覧をおすすめします。
「あんのこと」は実話?事件の内容は?

「あんのこと」は、実話を元にした物語です。
映画の初めには「この映画は実際にあった事件に基づいている」と表示されます。
ただ、実話を元にしたのであって、全てが事実ではないようです。
元になった事件とは、いったいどのような事件なのでしょうか。
↓事件の大まかな内容です。
どこにどの感情をぶつけていいのかわからないような、とてもやるせない気持ちになる事件です。
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「あんのこと」事実と映画の異なる点
「あんのこと」は実際にあった事件を元に作られていました。
映画の内容は、実際の事件とリンクしている部分が多いですが、フィクションの部分もあります。
映画と実際の事件の違いを比べてみました。
刑事が逮捕された時系列

映画の中の多々羅刑事は、杏が自死する前に逮捕されました。
サルベージ赤羽(多々羅が主催する自助グループ)の女性に性的暴力をしたとしてリークされたのです。
コロナ禍により仕事も学校も休みになり、杏が孤立しつつあるところでの多々羅の逮捕でした。
実際の事件では、ハナさん(仮名)を支えていた刑事はハナさんが亡くなったあとに逮捕されています。
実際の刑事は、自助グループの女性の下着姿を撮影した罪だそうです。
時系列が映画と実際とでは変えられています。
しかし、刑事が逮捕されること自体は現実も同じでした。
映画のフィクションかと思っていたのですが、事実だったのには驚きました。
子供を預かったこと

映画では、隣人の子供を杏が突然預けられるというトラブルが起きます。
杏は最初戸惑いますが、徐々に預けられた子供(隼人)が生きがいになっていきます。
孤独になっていた杏にとって、隼人のおかげで世界が色づいていくように見えたのではないでしょうか。
苦手なものや、食べてくれたもの、アレルギーなどを細かくメモして甲斐甲斐しく世話をする様子はとても微笑ましかったです。
今までの壮絶な生活を思い返すと、このまま幸せな時間がずっと続いて欲しいと願ってしまいました。
杏の母親に見つかり、元の家に引き戻されたときは、本当に母親が憎らしかった!
結局、隼人は杏の母親に児童養護施設へ送られ、再び杏は孤独・地獄に突き落とされたわけです。
この子供を預かる一連のシーンは、映画の完全なるフィクションのようです。
ただひとつ、隼人と引き離される出来事に少し類似するような事実が実際にあったようです。
それは、飼っていた猫を母親に殺されたという事実です。
母親は酔っ払って杏の飼い猫を殺したといいます。
可愛がっていた猫のようで、この出来事はそうとうハナさんにとって辛いものだったでしょう。
この母親がこれまでハナさんにつけてきた心と体の傷は、計り知れない大きさだと感じずにはいられません。
「あんのこと」感想・考察

ただ単に、虐待・売春・薬物の恐ろしさを説いているだけの映画ではないと感じました。
全て母親のせいだと言ってしまえばそれまでで、それも間違ってはいないんですが。
それだけでは終われない感情が見終わった後に生まれてきます。
過酷で残酷な環境の中で、どうにか光を見つけ生きていこうとする杏は、視聴者の心をつかんだに違いありません。
ここでは、気になったことや思ったことを書いてみたいと思います。
母親が娘を「ママ」と呼ぶ
母親が杏のことを「ママ」と呼んでいました。
娘のことを「ママ」って呼んでるんです。
はじめ、どういうこと?なんで?と理解ができませんでした。
きっとこれは、母親が杏に依存し、ゆがんだ愛情を向けていることを示唆しているのかなと思います。
母親は母親の役割を放棄し、娘に母親のように振る舞うよう支配しているように見えました。
自分が「ママ」なのに、娘にママの役割をさせているのです。
金銭面でも、生活面でも。
もしかしたら母親は昔、自分の母にじゅうぶんに愛情をもらえず過ごしてきたのかもしれません。
その飢えを自分の娘に向けているようにも見えます。
母親の母(杏のおばあちゃん)のことを杏は優しくて好きだと言っています。
でもそのおばあちゃんも、もしかしたら昔は杏の母にひどい仕打ちをしていたかもしれません。
おばあちゃんは足も悪く、直接的な暴力もしませんが、杏がひどいことをされていても助けようともしないのは、やはりどこか感覚が狂っているようにも見えます。
おばあちゃんが母親に、母親が杏に。
まさに負の連鎖。
「ばあさん死んだらおまえのせいだからな?」
母親はこのような脅し文句も浴びせていました。
逃げ出さないよう家に縛り付けているんです。
杏もずっとそんな世界を生きてきたのだから、自分の居場所はこういうものだと感覚が麻痺していたのかもしれません。
そんな環境だから、何もしてこないおばあちゃんは優しいと感じてしまっていたんでしょうね。
とにかく、暴力を振るう母親が娘を「ママ」と呼んでいる様は、異常にしか見えませんでした。
あの「ママ」という言葉は、杏に毎度かけられる呪いの言葉のようにも感じられました。
多々羅の二面性

コロナが蔓延し、杏の希望が次々と絶たれていった最中、追い打ちをかけた多々羅の逮捕。
カラオケシーンで、多々羅と桐野が最近自助グループに来ない女性の話をしたとき、何か嫌な予感はしていました。
もうこれ以上杏を苦しめないでくれと願っていた最中。
やっぱりそうか‥と嫌な予感が当ってしまいました。
自助グループの女性への多々羅の性的暴力が発覚したのです。
しかも1件だけでなく数件あるといいます。
最悪です。
何をしてくれてるんだ。
どうしようもない刑事だな。
でも、杏は多々羅のおかげであの最悪な家から脱出でき、人生に希望が持てるようになったのです。
杏を精神的に支えたのは言うまでもありません。
杏の心も体も救っていたことは事実です。
実際多々羅は、杏を心から応援していたし心配していたはずです。
このとき、多々羅への失望も確かに感じていましたが、人間の弱さのようなものも同時に感じました。
覚醒剤の自助グループの設立だって、犯罪が目的で主催してたわけではないと思うんです。
杏を必死に更生させようと動いていた多々羅を見ていたら、きっとその気持ちは嘘じゃないと感じました。
多々羅の救いたいという正義、性的欲求を抑えることができなかった悪。
どちらも多々羅なのです。
ただ、どういういきさつで性的暴力を振るうようになったのかはわかりませんが、そのような犯罪は決して許されないことだし、どんな理由があろうと許されてはいけません。
感情の行き場を失うってこういうことなんですかね。
誰かに対しては心の支えとなっていたのに、誰かに対しては犯罪者だった。
人間の2面性、相反する人間性に、人間の弱さのようなものを感じました。
杏が自死したひきがね

杏が自ら命を絶ってしまった理由を、多々羅は「自責の念だ」と言っていました。
そこを少し深掘りしたいと思います。
コロナ禍により人とのつながりがなくなり孤独だったことは、杏が自死した大きな要因だと思います。
支えとなっていた多々羅や隼人が自分の側からいなくなってしまったことは、杏の心に大きな喪失感を与えたことでしょう。
ただ杏が最終的に死を選んだ1番の理由は、再び覚醒剤を使用してしまった自分への失望です。
今までは覚醒剤を使用することも、体を売ることも、母親に暴力を振るわれることも、日常でした。
心が傷ついているのは間違いないけれど、感情を無意識に殺していたのでしょう。
それがリストカットにもつながっているのかもしれません。
ただ杏は一度、異常な日常から抜け出した世界を経験しました。
見返り無く気にかけてくれる人たちがいて、暴力におびえない日々、学ぶ喜び。
そして自分を必要とし、甘えてくる幼い存在(隼人)がいる日常を経験しました。
杏にとって、今まで経験したことのない光のある世界です。
それが一気に奪われてしまった。
またどん底に突き落とされたのです。
以前と同じ状態は、よほど以前よりも地獄に感じたでしょう。
そして、覚醒剤を使用してしまった。
ここまででは、まだ死のうとまで考えが行き着かなかったかもしれません。
でも、今まで積み上げ頑張ってきた自分を、一度の使用で台無しにしてしまったと気づくのです。
自死する直前、杏は自分が書いた日記帳を見ます。
一日一日ちゃんと丸がつけられ、丁寧に日記を書いてきた軌跡を見ます。
積み重ねてきた日々を目の当たりにするのです。
そこで気づくのです。
多々羅が言っていた「一日一日の積み重ね」をちゃんとできていた自分を裏切ってしまった。
コツコツと頑張り、積み重ね、大丈夫だと進んできた自分を、結局は守れなかった。
自分への失望が大きすぎたのかもしれません。
日記を見ながら杏が激しく嗚咽する姿は、見ているこちらも苦しくなりました。
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「あんのこと」作品概要
2020年6月に掲載された、小さな新聞記事から着想を得られて作られた作品。
第2回ダナン・アジアン映画祭 アジア映画部門で、審査員特別賞を受賞。
「あんのこと」キャスト
香川杏 | 河合優実 |
多々羅保 | 佐藤二朗 |
桐野達樹 | 稲垣吾郎 |
香川春海 | 河井青葉 |
香川恵美子 | 広岡由里子 |
三隅紗良 | 早見あかり |
「あんのこと」スタッフ
監督・脚本 | 入江悠 |
撮影 | 浦田秀穂 |
照明 | 常谷良男 |
録音 | 藤丸和徳 |
美術 | 塩川節子 |
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